こうあるべき、こうすべきという観念を捨てる

    私は今まで気付かなかったが、自分の中に強い理想像やこだわりがあった

    たとえば空いてる時間は何か自分に有益な事、自分を向上させるために使わなければいけないと思っていた

    勉強したり、難しい本を読んだり、新しい言語を学んだり

    もちろん楽しいと言えば楽しいのだが、すごくやりたくてやっているのかといえば少し違った

    またこういう時にはこういう事をすべき、言うべきだということを常に意識して囚われていた

    だからずっとなんか疲れていた、常に人生の場面場面に正解があり、そこに辿り着かなければいけないと思い込んでいた

    そして最近ふと気づいた、自分がこんなに疲れるのって自分に強い変なこだわりがあるからだって

    そもそもどうあるべきとか、どう生きるべきとかってものはそもそもなくて

    それらは社会、人が勝手に作り出した適当で都合のいいもので

    別にそれに従わなくても別にいいんじゃないかなって

    もちろんそれらに従ったらメリットもあるかもしれない

    でもほとんどは疲れるだけだ

    特に私みたいな人は、周りからの影響を受けすぎて考えすぎて、気づかないうちに自分で自分を苦しめている

    なんならもういっそ何も目指さず、その時その時気の赴くままに生きた方がずっと楽なんじゃないかって

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